近づいてきた足音に、思わず良太は個室に入る。
「おい、何も隠れることないし……」
一人突っ込みをしているとトイレのドアが開いた。
入ってきたのは一人ではないらしい。
用を足して、手を洗う音がした。
「あの、俺……」
今いるのが工藤のような気がして、何となく出て行くタイミングを逃した良太がいつ出て行こうか考えているうちに、声がした。
本谷……?
「ほんとに今回色々言ってもらって、すごく勉強になりました。俺、ちゃんとお礼、言いたくて」
「当たり前のことをしているだけだ。礼を言われるような筋合いはない」
少し響く低い声に隠れている良太はドキリとする。
よもや久しぶりに生で聞いた工藤の声がトイレの中とは。
それにしてももちっと言いようがあるだろ、筋合いはないとか言われたら立つ瀬がないじゃん。
心の中で工藤に文句をぶつける良太だが、次の台詞に思わず固まった。
「あの…………俺、あの、工藤さん……が、好き、なんです! そのただの好きってんじゃなくて……」
は?
しばし沈黙があった。
「忙し過ぎるんでお前は、何か勘違いしてるんだ。同じ仕事で同じ環境で数か月一緒にいるとおかしな思い込みをすることもある」
静かに工藤が言った。
「違う! 俺、本気で………でも、やっぱ俺、男だし迷惑だとはわかってますけど、すみません…こんなとこで…」
必死の訴えだと、良太には感じられた。
「お前の本気度までこき下ろすつもりはない。あいにく、こんなオッサンのどこがいいのかわからんが、よく告られるんだ男にも。だが、悪いがお前の気持ちには応えられない」
工藤の言葉は本谷に向けられているはずだったが、何故か良太の心にもズシリと響いた。
「そう……ですか……すみません……」
「謝ることはない。俺は明日からいないが、そういう一生懸命さをドラマでいかすんだな」
「……俺……」
本谷が何か言おうとした時、ドアが開いた。
「あ、いたいた、本谷くん、工藤さんも、監督がなんか呼んでますよ。もう今日の撮影は終わったんですよね~」
明らかに不本意そうなその声はどうやら本谷のマネージャーらしかった。
工藤と本谷も出て行き、トイレはシーンと静まり返る。
(花を追い)