面接はこれが始めてではない。
だがこんなに緊張したことはこの世に生を受けて二十二年と半年ほど、身に覚えがなかった。
髪はサラサラ、細面の顔はまあまあ、いつもはヘラヘラしてても、姿勢を正せばきりりと目元涼やか。
痩身だが一七八はある身長。
これでもT大野球部のエースだったのだ。
日本では関西のK大と肩を並べる最難関国立大学T大、というところがミソではあるが。
現在猫のナータンと二人? 暮らし。
自分ではそこそこイケてる男、くらいは思っている広瀬良太である。
青山プロダクション。
目指す会社は乃木坂にあった。
洒落た七階建てのビルのエントランスに入り、受付の電話でやや緊張気味に担当の鈴木さんを呼び出した。
やがて優しそうな年配の女性が現れ、三階の応接室に通してくれる。
ドアを開けると既にリクルートスーツに身を包んだ四人の男子学生がいて、ひょっこり顔を出した良太にきつい視線を投げかけた。
見るからにできそうなメンツに、良太はこれはここもダメかと一瞬たじろいだものの、もはやダメ元というやつだと腹をくくった。
ここまではよかったのだ。
そこへ颯爽と現れた、日本人離れした端正なマスク、大柄のがっしりとした体躯を持つ男。
ダンヒルの渋いスーツを着こなし、一見ハリウッドの俳優かと思われるようなナイスガイだ。
ここって外資系だっけ? なんてくだらない科白を良太が心の中で呟いて数秒。
座りごこちのよさそうな革張りの椅子に深々と腰を下ろし、長い足を組んだその男は、面接に訪れた五人の学生達が窮屈そうにソファに座っているのをジロリと一瞥したかと思うと、どすのきいた低い声でこうのたまった。
「社長の工藤だ。最初に言っておくが、俺の伯父は広域暴力団中山組組長だ。それを踏まえた上でこの仕事をやる気のあるやつだけ残れ。その気のない者はとっとと帰れ」
ぶったまげた。
十二分にびびって動揺したみんなは席を立ってドアへと向う。
つられるように腰を浮かしかけた良太だが、この際仕事を選んでいられない理由が彼にはあった。
工藤は目を眇め、ソファに座り直した良太を見やる。
「お前はやる気があるのか?」
「もちろんです。こう見えても野球部のエースだったんです」
膝の上で両手の拳を揃え、投げかけられた鋭い視線を跳ね返すように、良太は必死に言葉を絞り出した。
「ほう?」
工藤は冷笑を浮かべ、からかうような視線を向ける。
「よし、お前の肩書きは俺の秘書だ。今は身体がいくつあっても足りない。早速仕事に入ってもらうからついてこい」
あれよあれよという間に入社することになり、良太は右も左もわからない業界に足を踏み入れていた。
(お前の夢で眠ろうか より抜粋)
年: 2025年
工藤が店を出た時は、七時半を回ったところだった。
歩いてもここからなら約束の八時前には着くだろう。
夜になっても気温が下がらない六本木は人通りが途切れることはない。
人種も国籍も違う人間たちが集う街には、またそこここにいろんな連中が屯している。
もう二十年来この街と付き合ってきた。
それにしても珍しいな、ヤギがホテルのバーとは。
ドアを開けると、客はまばらだが『スマイル』はジャズピアノが小気味よく流れる、静かなバーだった。
工藤はカウンターに座り、マイヤーズをロックで頼んだ。
まだ八時前だから、下柳はあと二十分は来ないだろう。
下柳を待ってグラスを傾けていると、「工藤様いらっしゃいますか?」と店のスタッフが言った。
工藤が立ち上がると、電話が入っているという。
携帯を忘れたといっていたから、下柳がまた遅れるとかいう電話だろうと思い、工藤は店の受話器を持って人のいないレストルーム近くへ移動した。
「工藤だ」
だが、通りの喧騒のような音はしても声が聞こえない。
「もしもし?」
電話はやがて切れた。
「何なんだ?」
仕方なく受話器をスタッフに返してカウンターに戻ると、工藤の席から一つ置いて、女が座っていた。
見るからに夜の女だろう、派手なワンピース、美しくは見えるが造り込んだ顔、年齢はわからなかった。
工藤は一瞥しただけで座り、グラスを持った。
どのくらいの時間か、わからなかった。
だが五分か、十分か、さほど時間は経っていない。
頭がぐらついた。
何だろう、と思った。
思ったあとは、記憶がなかった。
その夜、良太は『からくれないに』の撮影が行われているスタジオにいた。
撮影は朝から続いていて、ようやく終わったのは夜の十一時になろうというしていた。
「お疲れ様です」
山内ひとみや大澤流、端田武、それに本谷和正が帰っていくのを見送った良太は、控室から出てきたアスカに声をかけようとしたところで、ポケットの携帯が振動するのに気づいた。
「はい、あ、こんばんは、お疲れ様です」
相手は小林千雪、『からくれないに』の原作者である。
今頃珍しいと、何となく胸騒ぎがした。
「落ち着いて聞けよ」
「はい? え………」
落ち着けと言われたが、千雪の話に良太は耳を疑った。
「何で……」
絶句している良太に何ごとかよくないことが起きたらしいのを察知して、アスカを伴ってスタジオを出ようとしていた秋山は良太に歩み寄った。
「わかりました」
良太は携帯を切った後もしばし呆然としていたが、「良太?」と秋山に声をかけられてハッと我に返る。
「どうしたのよ?」
アスカも心配して尋ねた。
「工藤さんが、警察に、捕まったって」
秋山は途端、眉を顰めた。
(幻月 より抜粋)
ひとみはそういうと、今度はさっきからグラスを持ったまま体を固くしている本谷に向き直る。
「ちょっと、本谷ちゃん、新人だからって遠慮しなくていいのよ? もう、そんな怖いオジサンが横にいるからよねぇ」
ひとみの科白に坂口に何だかだとかまわれていた良太は、はっと顔を上げてほぼ向かいに並んで座っている工藤と本谷に気づいた。
うっわー、これって、まずいっつうか、何っつうか、どうしよ!
ひとみの言ったように、本谷が固くなっているのが、工藤が怖いからだったらよかったものの、真逆の状況なのに、 良太は一人焦った。
や、別に俺が焦らなくてもいいんだけどさ。
なんか、本人たち以外にあのこと知ってるのは俺だけだし。
や、だからって俺がどうの考えることもないんだけどさ。
なんか、本谷、嘘の付けないやつっぽいし。
ってか、そりゃ工藤が本谷のこと気に入ってもらっちゃ困るんだけど……。
もう一度本谷を見ると、なんだか本当に緊張してるようだった。
「あの……」
「どうだ、今度の役は……」
本谷が意を決したように隣の工藤に話しかけたのと同時に、工藤が本谷に話しかけた。
「あっ……はい、やっぱりまだてんで、ヘタクソで、皆さんにご迷惑かけてばっかで…」
本谷の声は緊張しているからか、やけに大きく聞こえた。
良太がえっと思ったのは、滅多にないことだが、珍しく工藤が罵倒するでもなく誰かに声をかけたからだ。
良太は複雑な面持ちで二人を見た。
嫉妬が混じっていないはずもない。
実際、妙に工藤の表情が柔らかくないか?
(風そよぐ より抜粋)


