【BL小説】空は遠く/力×佑人/月夜の猫
空は遠く

「よう、成瀬、マック寄るだろ、マック」
 ざわつく教室を出るなり、二人の顔なじみが近づいてきた。
 佑人は無表情で彼らに目をやった。
「あれ、おい、力、どこ行くんだよ、マック寄らねぇの?」
 ひょろっと背の高い東山一義が、佑人の肩に腕を回したまま、山本力がスタスタと廊下を歩いていくのに気づいて声をかける。
「使い、頼まれてんだよ、おふくろに」
 うざったそうな声が答える。
「なぁんだよ、マック寄ってからでいいじゃん」
 東山の後ろから、小柄でやせっぽちのくせにどこに入るのかと思うほどよく食べる高田啓太が言った。
「まあ……、ちっとならいいけどよ」
 少しばかり逡巡したような表情をみせ、力が歩みを弱めた。
「おっしゃ」
 東山は佑人の返事も聞かないうちに佑人を促して力の後ろを歩く。
 誰が見ても体育会系と思うだろう、大柄で頑丈そうな体躯のお陰で山本力はどこにいても目立つ。
 その後ろを茶髪の東山や、頭を茶と黒が入り交ざったような色に染めた高田がひょこひょことついていく。
 ここのところ、それが当たり前のようになった。
 都合があると言わない限り、佑人の意思はあまり聞かれたことがない。
「マックマック」
「っせーぞ、啓太。ガキみてぇに」
 重みのある低音で振り向きもせず、力が啓太を怒鳴りつける。
「だってよぉ、腹減ってんだって」
 この一団がやってくるのに気づくと、ただでさえ無愛想な上、凄みのある目つきで睨みを利かせている力がいるのだ、廊下を歩いていた生徒たちは黙って彼らに先を譲る。
 だらしなく学生服のボタンをいくつかあけて、リュックを背負っている啓太や東山などもあまりまともな生徒には見られていない。
 いわゆる落ちこぼれ、学校の鼻つまみ者、関わりあわない方がいいだろうろくでもない連中、ヤンキーと決めつけられているのだ。
 まあ、ヤンキーというなら山本力は彼らの上をいくらしい。
 母親がクラブをやっている関係で、お水の女と付き合っているだの、ヤクザと喧嘩して目をつけられているだの、素行不良で停学をくらっただの、ろくな噂はない。
 かろうじて出席日数は足りているものの、教師の間では明らかにブラックリストの筆頭のようだ。
 教師たちの評判とは裏腹に、力は生徒たちからは妙に人気があった。
それに一応成績がほどほどだということでは、力は東山や啓太と一線を画している。
 授業をサボることは多いが、体育祭などの行事にはちゃんと参加し、しかもリーダーシップを発揮して期待通りの活躍をする。
 一年の時の球技大会では、バレーで二年のクラスを相手に力の重いスパイクが決まって勝利をもたらしたことで、一気にその名は知れ渡った。
 部活には所属していないが、サッカーをやらせても野球をやらせても、時折、部活で毎日トレーニングしている連中が嫌になるような才能を発揮するのだ。
 それに精悍で男前なマスクは女生徒を引きつけるのに充分で、高校入学当時から力の彼女と言われた女生徒が校内、他校含めて何人いたことか。
「そういや、力、りえちゃんとどうよ? 最近」
「知るか。あっちが勝手に誘ってきただけだ」
 力はぶっきらぼうに即答する。
「うっそだろぉ? 杉山女子のりえちゃんだぞ? このあたりじゃ、ヤローどものマドンナなんだぞ?」
 東山の声が裏返る。
「うざってぇんだよ、べたべたしやがって」
「お前、何のためにつきあうんだよ? べたべたするためだろぉが?」
「じゃあ、お前がつきあえよ」
 うるさそうに力は言い捨てる。
 ―――――別れたんだ………
 佑人はこっそり心の中で呟いた。
 一番この集団の中で違和感があるのは佑人だろう。
 一人、染めてない柔らかい髪はさらさらと小奇麗に整い、銀縁のめがねは学年一番の成績を物語るにふさわしい。
 きちんと学生服のボタンはとめられ、羽織ったコートはバーバリー、品行方正でいいところのおぼっちゃんを絵に描いたような少年だ。
 とはいえ、試験明けに上位の成績が張り出される時くらいはその名前が他の生徒たちの前に知れるものの、常に控えめで物静かな佑人は、いるのかいないのかわからないような存在だと思われている。
 よく見れば眼鏡の下はひどくきれいな顔をしているのだが、気づいたものは少ないかもしれない。
 それにしても、こうも頻繁に力や東山らのグループと一緒にいれば、生徒の間でも、また教員たちからも、明らかに佑人はワルのグループに無理やり引っ張り込まれて、おそらくイジメを受けているに違いない、などとという評判も聞こえてくるというものだ。
二年生になり、この面々と同じクラスになって間もなく、この違和感のあるグループが自然とでき上がっていた。
 体育の時間の着替えの折、佑人の身体に時々打ち身のあとなどがあるのを見たらしく、クラスメイトが担任にご注進に及んだのがきっかけで、実際佑人も担任から呼び出され、イジメを受けているのではないかと心配されたこともあった。
 そんな事実はないと、佑人はきっぱりと否定したが、どうやらそれは力たちに脅されているせいで本当のことが言えないのだろうと思われているようだった。
勝手にどうとでもとればいい。
投げやりだとはわかっている。
 中学を卒業する頃には、佑人は誰にも期待を持たなくなっていた。
 誰も信じることをやめた。
 友人も教師も、誰も。
家族以外には。
 佑人にとってそれはひとつの防衛手段だ。
 中学時代のあの時のように、あんな風に傷つくのはもうごめんだったから。
 だから静かに、なるべく目立たず、口数も少なく。
 傍観者の目で見ていると、大概、人が何を考えて動いているのかがわかってくることもある。
「じゃあ、今日は僕がおごるね。昨日、おこづかいもらったばっかだから」
 金を出せ、といわれる前に、佑人はみんなのリクエストを聞いて、カウンターの前に並ぶ。
 少し笑みさえ浮かべて。
「お金はいくらでもあげる。それで収めることができるのなら、それもひとつの選択肢よ」
 決していい方法とは思わないけど、とつけ加えた母親の心配そうな顔が佑人の脳裏に蘇る。
 そんな母親や優しい家族に心配をかけるようなことはしないと、佑人は自分に誓っていた。
 だから、このグループにいることで担任とかが騒ぐのは勝手だが、親に何か言ったりしないでほしいと、佑人は思っている。 
 別にこんな連中と友達になりたいなんて、塵ほども思っていない。
 けれど、やっぱりあいつの傍にいたい。
 そんな思いをどうしようもないのだ。
 一年の春、同じ校舎の中で力を見つけたときの驚き。
 クラス対抗のバレーの試合では逸る気持ちを抑えられず、いつの間にか心の中で応援していた。
 二年になって偶然にも一緒の時間を共有できるようになったことが嬉しくて。
(空は遠く より抜粋) 

【BL小説】花のふる日は/京助×千雪/月夜の猫
花のふる日は

★花のふる日は (抜粋、試し読み)
「一晩かけてただ旧交温めてたわけやないやろ? 彼女の部屋で」
 千雪は静かに言った。
 京助はしばらく黙り込んだ。
 そして徐に口を開いた。
「あいつ、昔、自分の運転する車で事故って、同乗していた姉さんだけ死んだんだ。それからウツになって、薬で抑えて仕事はしていたんだが、俺がこっちに戻ってから、アルコール依存症でしばらく施設に入ってたこともあったみたいで。それも克服して何とかやっていけそうって時に、事故とか目の当たりにしたことがあって、トラウマが出てきたらしい。今度はクスリやるようになったらしくて、実は彼女のマネージャーから連絡をもらったんだ」
 車は麻布方面に向かっていた。
 京助は自分の部屋へ千雪を連れて行くつもりだった。
 それをわかって、ちょうど鳥居坂辺りの信号で停まった時、千雪はいきなり車を降りた。
「おい、千雪!」
 慌てて京助は車を路肩に停め、千雪を追った。
 千雪は振り向きもせず、歩く。
 脇を通り抜ける風は少しばかり優しくなっている気がした。
 季節はゆっくりでも着実に春へと向かっている。
「待てって言ってるだろ!」
 千雪に追いついて振り向かせると、京助は怒鳴りつける。
「だから、マネージャーのロバートが、クスリを取り上げたら手が付けられないって、あいつが俺を呼んでいるからっていうんで、行ったんだ。確かに! ……確かにただ旧交を温めていたわけじゃない。だが、すがりついて泣き喚くあいつをおとなしくさせるには、それしかなかったんだ。愛情とか何とか、そんな感情は微塵もないんだ!」
 千雪は少し深く息を吐いた。
「心配なんやろ? ほな、俺なんか追いかけるより、彼女のとこ行ってやった方がええんちゃう?」
 そう言うと、千雪は京助の腕を振り払い、たったか六本木の方へと歩いていく。
 京助は千雪に追いつき、並ぶように歩きながら、「悪かった」と言った。
「お前の機嫌を損ねるつもりは、全然なかったんだ」
「機嫌を損ねる?」
 こいつは何を言っているのだろう、と千雪は思った。
 今までの彼女には、そうやって京助は関係を取り繕っていたわけだ。
 いや、優しいのだろう。
 目の前で困っている人間を放っておけない。
 千雪に対しても優しくなければ、ズボラな自分にここまで世話を焼いてくれたりしない。
 少しばかり世話になった教授の息子だからって、律儀に。
 自分の仕事に対してはちょっとやそっとではぶれない信念があるし、肩書きやおべんちゃらで人を判断することはないし、人としての器は大きい。
 千雪よりもあとから推理小説研究会に入会してきた京助をてっきり同学年と思っていたから、初めて会ったときからタメ口を利いた。
 千雪もあまりこだわる方ではないものの、高校までの部活でなら上級生を呼び捨てはなかっただろう。
 京助は全くそんなつまらないことにこだわる男ではなかった。
 だから、彼女のことも京助にとってはたいしたことではないのかもしれないが。
 友人として、京助は大切な存在だと思う。
 だからもし、ただの友人同士だったなら、こんな面倒なことにはなっていないのだろう。
 こんなイライラも胸の奥のどうしようもない苦い感情も、もうゴメンや。
 千雪は心の中で呟いた。
 ふいに湧き上がるそんな感情を持て余し、何も手につかなくなる。
 
 欲しいのは優しい眼差し……
 欲しいのは……俺に差し伸べられる手……
 俺だけに………
 
 『そらあれだけの男や、一人に絞れ、いう方が無理いうもんやな~』
 
 佐久間のいうことが千雪もようやくわかった気がする。
 けど、それを理解して付き合うていけるほど俺は寛容にはなれへん。

【BL小説】誰にもやらない/河崎×浩輔/月夜の猫
誰にもやらない

 パーティの顔触れは、仕事関係だろうリーマン組にモデルやタレントなども交じって華やかさを競っていた。
「きゃあ、アレ、加藤なみえじゃない?」
「見て、堀ノ内壮太!!」
 人気俳優やタレントを見つけて有頂天になっているのは直子や保奈美だけではない。
 土橋や、あんなに文句を言っていた大沢までもが、タレントの女の子たちのところへいそいそと飲み物を運んでいる。
「しかしでかいねえ、この別荘。河崎グループの御曹司ともなると、我々庶民とは生きる世界が違ういうわけやねえ」
 佐々木は呆れたように感心すると、ゆっくりと辺りを見回した。
 新しくはないがこの建物は別荘というよりホテルのように豪奢で、ゆったりと快適そうな空間が広がっていた。
「あ、佐々木ちゃんじゃない、久しぶりぃ!」
 浩輔は中に入っても佐々木の後ろに隠れるようにしてくっついていたのだが、その佐々木までが顔見知りのモデルの美女と出くわし、腕を取られて人の輪の中に紛れてしまった。
 やっぱり来るんじゃなかった。
 渋々みんなについてきた浩輔は、広いリビングの隅から動く気になれない。
 河崎はやっぱり女に囲まれていた。
 相変わらず煙草を離さないんだよな…って、今更俺には関係ない…か。
『上司に意見するたぁ、いい度胸だな』
『でも、吸いすぎは身体によくないです』
『タバコ屋のクサいコピーを口にするな』
 豪快な振る舞いや少し粗野な仕草も、何も変わっていない。
 つい、視線が河崎を追ってしまう。
 さやかの指が河崎の手に触れる。
 女たちの甲高い笑い。
 河崎の声を耳にするたび、身体が震える。
 ふいに、河崎がこちらに顔を向けた。
 途端、浩輔はその場を逃げ出し、レストルームを探して飛び込んだ。
 俺って、まだ懲りてないのかよ!
 惨めな自分とは決別したはずだったのに。
 今また思い知らされる、記憶の底に沈めるには凄烈すぎる時間。
 車で別荘に着いた時、浩輔はさやかの冷ややかな視線に迎えられた。
 自分に対しては、刺だけでなく、どこまでも毒がある気がする。
 河崎さんが男の俺なんかに手を出したからか? けど、今もこうして付き合っているのは彼女じゃないか。
 どうして能天気なコースケで放っておいてくれないんですか。
 もうマジんなるのはゴメン。
 報われねー思いに泣くのはつらいもん…
 無論、後足で砂をかけるようにして逃げ去った自分などにもう用はないだろうし、意気地のない部下だと嘲ら笑ったくらいだろう。
 だが、その事実が浩輔の胸を締めつける。
 あんなに熱い思いを抱いていた人だ。
 自分から逃げたのだとしても。
 どんなに身の切り裂かれる思いだったかなんて、あの人にはわかるまいけれど。
 好きだった。
 でもそれを口にすることはできなくて。
 ちょっと寝たくらいで、恋人気取りはやめろ、ナニ様だと思ってる、そんな罵詈讒謗を浴びせられるのが関の山だった。
 逃げるしかなかったんだ。
 なけなしのプライドと、ズタボロの心を抱えて、逃げるしか……。
 気がかりは残してきた猫のチビスケだった。
 河崎のマンションで飼っていた、無垢な緑色の目を思い出すと、目頭が熱くなり、浩輔は慌ててバシャッと顔を洗う。
 ほの暗い灯りの中で、浩輔は鏡の中の成長のない子供じみた自分の顔を見つめた。
「なんて、なっさけない顔、してんだよ」
 ドアが開いたので、慌てて出ようとして、入ってきた男とぶつかった。
「すみま…」
 男の顔を見た浩輔は息を呑んだ。
「前の上司がせっかく招待してやったのに、一言も挨拶がないってのは、納得いかねぇな」
 グイと腕を掴まれて、引き寄せられる。
 急激に体温が上昇する。
 握りしめた拳が小刻みに震えている。
 その眼差しは浩輔を射抜くかのようにきつく、暗く深い陰りを湛えていた。
 怖さと同時に、掴まれている手から、浩輔は身体が蕩けるような熱さを感じて戦慄する。
「コースケ、いるんか?」
 佐々木の声がして、パッとドアが開いた。
「こいつが、何かそそうでも?」
 河崎に腕を取られたままの浩輔を見て、佐々木は眉を顰める。
「久しぶりに昔の部下と会ったんで、これから旧交を温めようと思ってね」
 そう言いつつ、河崎は浩輔の腕を掴んだまま離そうとしない。
「そうなんか? コースケ」
「いえ…あの…」
 佐々木に問われても答えるべき言葉が見つからない。
「無理強いは感心しまへんな。おいで、コースケ」
 詰りを含んだ目で佐々木はしっかと河崎を見据えた。
 河崎はようやく浩輔を離した。
「前はあなたの部下やったかも知れへんけど、今はウチの大事なデザイナーですよって」
 佐々木は念を押すようにそう言いおいて、浩輔を抱えながらその場を立ち去った。
(誰にもやらない より抜粋)

【BL小説】お前にだけ狂想曲9/工藤と良太/月夜の猫
お前にだけ狂想曲9

 ひとみはそういうと、今度はさっきからグラスを持ったまま体を固くしている本谷に向き直る。
「ちょっと、本谷ちゃん、新人だからって遠慮しなくていいのよ? もう、そんな怖いオジサンが横にいるからよねぇ」
 ひとみの科白に坂口に何だかだとかまわれていた良太は、はっと顔を上げてほぼ向かいに並んで座っている工藤と本谷に気づいた。
 うっわー、これって、まずいっつうか、何っつうか、どうしよ!
 ひとみの言ったように、本谷が固くなっているのが、工藤が怖いからだったらよかったものの、真逆の状況なのに、 良太は一人焦った。
 や、別に俺が焦らなくてもいいんだけどさ。
 なんか、本人たち以外にあのこと知ってるのは俺だけだし。
 や、だからって俺がどうの考えることもないんだけどさ。
 なんか、本谷、嘘の付けないやつっぽいし。
 ってか、そりゃ工藤が本谷のこと気に入ってもらっちゃ困るんだけど……。
 もう一度本谷を見ると、なんだか本当に緊張してるようだった。
「あの……」
「どうだ、今度の役は……」
 本谷が意を決したように隣の工藤に話しかけたのと同時に、工藤が本谷に話しかけた。
「あっ……はい、やっぱりまだてんで、ヘタクソで、皆さんにご迷惑かけてばっかで…」
 本谷の声は緊張しているからか、やけに大きく聞こえた。
 良太がえっと思ったのは、滅多にないことだが、珍しく工藤が罵倒するでもなく誰かに声をかけたからだ。
 良太は複雑な面持ちで二人を見た。
 嫉妬が混じっていないはずもない。
 実際、妙に工藤の表情が柔らかくないか?
(風そよぐ より抜粋)